秘めた想い
〜前編〜




私がこの新選組に来て、数ヶ月がたった。
最初は、何かと私が女だと言うことでいろいろ言う人たちもいたけど、
それなりに慣れてきた。
その理由の一つは、ここでの隊務にまったくひいきがなかったこと、
もう一つは、それとなく幹部の方々が
それぞれに気にかけてくれていたから。




ある日、昼間の隊務を終え、屯所に戻ると
、楽しそうに出かけようとする永倉さん達を見つけた。
「おう、桜庭。オメーも一緒に来るか?」
「どうせ、また島原って言うんでしょう?
私がきれいなおねーさん達を見ても癒されませんよ?」
「そう、つっかかんなって。うまいもん喰わせてやっから。」
苦笑いしながら、永倉さんは私も引っ張るようにして連れて行った。



「……(もぐもぐ)……」
確かに、料理はおいしくて、
近くに座っているおねーさんたちはとってもきれいだったけど…
やっぱり酒盛りの中でというのは何となく居づらくて。
私はどちらかというと端っこでご飯を食べていた。
ふと気付くと、みんなの話題はうわさ話、
それも幹部達の女性関係の話になっていた。
「やっぱり近藤局長が一番派手にやっているんじゃないかなぁ。
よく朝帰ってくるし。」
(うんうん、朝方にふらっと甘い香りつけてかえってくるよね。)


「いや、土方副長の部屋の付け文は相当だぞ。
怖くて誰も聞けないだけで…」
(あはは、確かに怖くて聞けないけど、
結構な頻度で文が届いているよね。
町の女の人も含めたら相当な…)




永倉さんはそれをニヤニヤしながら聞いていたけど、そのうち、
「なぁ、それって数の勝負なのか?そうじゃなければ俺にも推挙あるけどな」
「それって、想いの深さってことですか」
「ああ、かなり深く想われてると思うんだが」
そういうと、周りのおねーさんの何人かがくすくす笑いながら、
「永倉はん、そんなに人の想いを茶化しては…それって彩葉ちゃんでしょう?」
「ああ、あれはかなりだと思うぜ。」
相手が誰だかわかってるおねーさんたちはクスクス笑ったままだ。
「永倉さん、いったい相手って誰なんですか?まさか、永倉さん…?」
「まさか、俺だったら茶化さねーだろ。サンナンさんだよ。」
「えっ……山南総長、ですか?なんだか意外…」
「あの人、優しいからな。意外と人気あんだよ。」



山南さん…??
何となく、世間話のつもりで聞いていた私は
一気にすーっと血の気が引いた。
だって…私は…あの時から密かに想いを寄せているのだから。

「永倉さん、その…彩葉さんってどこの方なんですか?」
「あ?ああ、ここにいる子で」
「もうすぐ、お座敷に出る子なの。なんでも、
困ってるのを助けてもらったのですって。」
おねーさんたちが引き継ぐ
。話を聞いていると、誰かに絡まれたところを助けてもらったらしい。
「かなり、彩葉の方は入れ込んでいて、
ちょこちょこ屯所近くまで来てるらしいからな。」
「そうですか…」


わかっている。わかっているけどそれ以上考えたくなかった。
山南さんは私の物じゃないって、心で言い聞かせてた。
ただ、心が痛いのは止められなかった。





それから、何日かたったある晴れた日、
私は照姫様に文を出そうと、屯所の門をくぐった。
そうしたら、門の近くにちらちらと女物の着物が見えていて。
「??」
少し気になって近づくと、そこにいたのは色白の女の子。
ほわっとした、男の人なら守ってあげたくなる儚い印象の子。

「あの…」
気になって声をかけると、彼女はびくっとしたようにこちらを向いた。
「驚かせてごめんなさい。この中の誰かに用事なんでしょうか。」
「いえ、私が勝手に来ているだけ…やから…」
そういって、顔を伏せる。
何となくこの間のことが頭をかすめたけれど、でも放っておけなくて。
「良ければ、呼んできてあげましょうか?私はここの隊士なんです。」
「…だったら、山南はんを呼んでもらえますか?私は…彩葉といいます」

やっぱり、と思ったけど自分で申し出たのだから仕方ない。
私は先ほど出た門を再度くぐり、山南さんへ
彩葉さんが会いに来ていることを伝えた。



山南さんが行ったあと、私は町へ出ようとしていた気力も無くなっていた。
結果的に、この間あれだけ落ち込んだ事に
手助けをした形になってしまったから。

 この間 あれだけ じぶんに 言い聞かせたんだから

念仏のように繰り返すけど効果などなくて。
自分の思いを殺してしまうことなんてできなくて。

私は、悪いこととはわかりながら文を置き、二人の後を追った。





それほど出る時間が変わらなかったのか、
私はすぐに壬生寺にいる二人を見つけた。
そっと陰から、様子をうかがう。
これが正しいことだとは決して思わないけど…
でも、心が辛くて、そうせずにはいられなかったから。


「……無理を言うつもりはありません。
だけど…できたら、最初くらい知った方のお座敷にでたいんです。」
彩葉さんは、間近に迫った“初めての客”に
山南さんを、と思っているようだった。
ただ、恋い慕うだけじゃなく自分の運命もわかっていて、その上でのお願い。
せめて、と思う気持ちが私にも通じるようで
とても心が痛かった。
応じてほしいようなでも断ってほしいような…複雑な心境。
その時、彩葉さんの話を静かに聞いていた山南さんが
少し困ったような顔をして、切り出した。

「そう言う席には、私のような面白みの無い男では役不足だと思う。
それに、私にはずっと想っている人がいるんだ。
かなうとは思わないが、その想いを抱えているだけで
幸せになれる。
だから、君には申し訳ないがうけるわけにはいかない。
すまないね。」

「…そうですか…あなたに大事に想われている方は幸せな方ですね…
あなたの想いを独り占めしているのだから。」
彩葉さんは少し泣きそうな、だけど穏やかな笑顔でそうつぶやいてる。
「君の気持ちに添えなくてすまない。」
「いえ…では失礼します…」


彩葉さんはぺこっと山南さんにお辞儀すると一気に走っていった。
たぶん…泣くのを見られたくなくて。
私は、彩葉さんに自分を重ねていた。叶わぬ思いは同じ…だから。
山南さんには想ってる人がいる、そのことが頭から離れなくて、でも…
自分が直接聞いたわけではないことを聞くわけにもいかなくて。





「そこに、いるのだろう?桜庭くん」
突然の、山南さんの声。
気付いてたんだ…



「盗み聞きは感心しないな。」
山南さんはため息をつき、困ったようにそう言った。
「いつから気付いてたんですか。」
「少し前、かな。」そういって、曖昧に笑う。もしかして、最初から気付いてた…?

「あの…山南さん…」
「君が気になっているのは、先ほどの私の言葉かな?
想い人がいる、という。」
山南さんは先ほど彩葉さんに話している時みたいに、
困ったような顔をして私に問いかける。
「顔に、気になる、と書いてあるよ。
それに…聞かれているのなら、仕方ないのかもしれないし、ね。
私の想い人は…桜庭くん、君だよ。」
私は頭が真っ白になって、それでもやっとの思いで、
「だって、ずっと想っていると…
私と、山南さんはほんの数ヶ月前にあったばかり…」
本当は一度会っているけれど、そんなもの、覚えているはず…ない。



「いや、私と君は以前に一度会っているよ。この京ではなく、江戸で、ね。」
「それって…山南さんに試衛館に連れて行って頂いたとき、ですか?」
覚えていないかもしれないけど、と笑う山南さんに嘘をつくことなどできず、
私はずっと心の中だけにしまってあったあの日のことを口にした。


「そうだね、あの時君と初めて話した。だけど、私はその前に君を見てたんだ。」
「その前…?」
不思議そうな顔をした私に、山南さんは微笑って、
「そうだね、君は知らないと思う。
私が見たのは、君が研ぎ屋へ入るところだった。
大事そうに刀を抱えている君があまりに幸せそうだったので、ね。」
それからしばらくして、私があの場所で立ちすくんでしまっているのを
見かけてつい声をかけたのだそうだ。

「試衛館の中であたりを見回している君を見て、
やはり以前にみた刀は君の物なのだろうと確信した。
君も剣士なのだろうと。
この京でもう一度出会って、君の経歴を聞いて、君もきっと自分の場所を
探して来たのだろうと思ったら、どうしても君が気になって。
だけど、君には目標があることもわかっているつもりだ。
だから、この想いは叶わなくてもいい、そう思っていた。」
だけど、と言い山南さんは、
「今度のことで私はどれほど君を欲しているのか、
いやと言うほど思い知らされた。
君でなければ、と思っている自分の気持ちに、ね。」



私は、言葉を紡ぐことができず、ただ、山南さんの話を聞いていた。
お互いにずっと想っていたことも、
相手に届くはずないと思っていたことも、
突然の事に全く頭がついていかなかったのだ。
だけど、それを私に伝えた後、苦しそうに私を見ている山南さんに、
私ができることは…
きちんと、私の気持ちを伝える事だと思ったから。



「私…」
「いいんだ、君が困ることがわかっていて告げたのだから。
君が気にする事じゃ…」
それでも、優しく私をいたわってくれる山南さんの
言葉をさえぎって、言葉を紡ぐ。
一つ、一つ。
「私も 山南さんに好きな人がいると聞いて苦しかった です。 
だって、私も…山南さんに想いを伝える事なんて
無理だと思っていたから。」
大好き。
その想いがあふれたのか、私の目からはぽろぽろと涙がこぼれる。
彩葉さんのことを聞いたときから
ずっと抑えてきたものが次々とはずれていく。
「剣で身を立てたいという私の背を押してくれたのは、
山南さんが試衛館の人のことを楽しそうに話してたからなんです。
あんな風に楽しく話すには、
自分の気持ちに素直にならなきゃ、って思ったから。
だから素直になれた。
だから、私にとっても山南さんは大切な人で…」


そこまで言いかけたとき、目の前がふさがれて。
私は、山南さんの腕の中にいた。
「君も…私を想っていたと…?」
「はい」
「…ありがとう…」
そういって、私を抱きしめる手に力がこもる。
「君を愛している。」
見上げた山南さんの顔は穏やかに笑っていて、
私の言葉が拒絶されていない何よりの証に思えた。








私たちは、これからどれだけの時間いられるのかなどわからないけど。
だけど。

いま、ここにふたりでいることは、嘘じゃないから。

だから。

このまま、もう少しだけ、時間をください。

つかの間、想いを確かめ合うだけでも…




〜感想〜

サイト5周年の時に、日記にて「誰か山南さん書いて〜!」と
1人で駄々をこねたら(爆)、心優しき沙月さんが
書いて下さいました!それも2話もvv
浪士組に入る前から、山南さんに出会っていて、
その頃からずっと想いを寄せられていただなんて
何て素敵なんでしょうvv(うっとり)
山南さんに告白されてる所を読んでいるときは
平常心ではいられませんでした。
沙月さん、ありがとうございますm(__)m
(2006・1・9前編UP  2006・1・16後編UP)



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